村上龍の最高傑作は何か

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秋ごろに『平成の文学とは何だったのか』(はるかぜ書房)という本を読んだ。重里徹也という文芸評論家と助川幸逸郎という日本文学研究者の対談形式の本で、文学オタクが楽しく話してる感じに親近感がわく。中でも一番興味深かったのが村上龍の話題だった。

重里さんが「村上龍の最高傑作は何だと思いますか」と聞いてまわったときに、様々な有名長編を発表している作家であるにもかかわらず、短編が多くあがった、という話。その中で河野多惠子という小説家が『村上龍映画小説集』をあげていたという話を読み、気になってさっそく購入してみたのだが、(なんでこれまで読まなかったのだろう!!!!)と絶望するくらい最高だったので、今日はそのことを書く。



半自伝的小説と言えると思う。

高校時代の佐世保バリケード封鎖の話『69』(←最高)と、福生時代のドラッグ&乱交の話『限りなく透明に近いブルー』(←最高)の間の美術学校の時代を書いたのが、『村上龍映画小説集』だ。

『69』は内容が派手だし、宮藤官九郎脚本・妻夫木聡主演で映画化されたこともあって有名で、また『限りなく透明に近いブルー』は彼の鮮烈デビュー作であり、知名度は言わずもがな。それらと比較すれば、本書の知名度は低めかもしれない。



最初は映画の評論を含むエッセイのようなものかと思ったが、全くちがった。(ので、映画を知らなくても問題なく読めます)

一編目は、映画をつくる夢を共有していた仲間サクライを『甘い生活』の鑑賞に誘ったが断られ、中野の公会堂で一人でみる話。

私は一人で『甘い生活』を見た。長い映画だった。見終わって、何かをサクライに伝えなければいけないと思った。会場を出ると雨が降っていた。

フェリーニはすごい、お前は映画をやれ、代理店なんか止めろ、一緒にいつか映画を作ろう。と、それだけを書いて、郵便受けに入れた。自分の部屋に戻って来て、サクライに伝えたかったことの、一パーセントも手紙に書けなかったな、と思った。


二編目は、アジサイの葉っぱを紙巻にしてマリファナと偽って高値で売ろうとするヤクザと、プッシャーがあらわれるまでの時間つぶしに、東大久保にある深夜映画館で『ラスト・ショー』をみる話。

「ものすごく年上の女を好きになっちまう奴ってアメリカ人にもいるんだな」
そういうことを言ってからタツミはしばらくの間まったく喋らなくなり、下を向いたままビールを飲み続けた。

梅雨が終わり、アジサイの花はすべて枯れかかっていた。その花を眺めていて、重く湿った空気の中で葉っぱをちぎり続けた夜を思い出していると、突然『ラスト・ショー』に対する激しい憎しみが湧き起こった。タツミのようなタイプの人間に涙を流させるような、あんな映画は絶対に許さないと思った。


そんな感じで、上京の寝台列車で出会い、一度だけセックスをして、新宿のオールナイトで『地獄に堕ちた勇者ども』を一緒にみた女の話や、会えば何時間でもセックスをしていた女が自分の友達と浮気をした、その疑いが晴れないまま池袋北口で『大脱走』をみた話、などと続き、全部で12作の映画にまつわる当時の思い出が語られていく。


映画は体験だ。

隣にいる人の温度や気配を感じる。ふとしたシーンで今日あったことや好きな人との思い出を想起する。映画が終われば、物語の余韻の中で、なお現実が地続きであることに怖くなったり、切なくなったりする。映画館を出れば、誰かに会いたくなったり、抱き合いたくなったり、走ってどこかに行きたくなったりする。

そうした理由のうまく説明できない感情のほとばしりを描くのに、村上龍は映画を「つかった」のだと思う。だからいっさい映画の内容を批評していない。小説の文脈を脱臼させ、ふわりと飛ばしていく。そういう詩的な役割を担うのに映画はピッタリだ。(セックスやドラッグにもそういう要素があると思う)


たとえば今から私が『甘い生活』をみたとして。あるいは『ラスト・ショー』をみたとして。この小説と同じような感想を抱くことはないだろう。そう思うと何か取り返しのつかないことをしてしまったような気になる。でも、逆に、これからいかようにも、『甘い生活』を、『ラスト・ショー』を、みることができる、と捉えることもできる。


村上龍の最高傑作は何か、ということに立ち返る。でも、物語は体験なのだから、普遍的な評価なんて意味がない、というのがこの本の語るところではないか、とも思う。『限りなく透明に近いブルー』は高校一年生の授業中、まだセックスもよくわからない時期に読んだからこそ鮮烈だったし、『村上龍映画小説集』はあるていど自分の不可能性を意識せざるをえない今読んだからこそ最高だったのかもしれない。

いつだってベストなタイミングで出会いたい。本を読むのも、映画をみるのも、人に恋をするのも。でもそのタイミングをあとで如何ともジャッジできないのが、出会いの本性なのだ。せめて、これがベストなタイミングだったぜと言い切れる度量をもって、生きていきたいな。明日も、あさっても、今年も。この不可逆な人生を終えるまで。



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超個人的・村上龍傑作ランキング
1位 『村上龍映画小説集』
2位 『限りなく透明に近いブルー
3位 『希望の国エクソダス
4位 『コインロッカー・ベイビーズ
5位 『空港にて』

村上龍映画小説集 (講談社文庫)

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新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

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  • 作者:村上 龍
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/04/15
  • メディア: ペーパーバック
希望の国のエクソダス (文春文庫)

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空港にて (文春文庫)

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関連note
限りなく透明に近いブルー』を読んでいたころ
https://note.com/ameagari/n/n5a5eca8f523a