新潮別冊『平成の名小説』全35短編感想

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新潮別冊「平成の名小説」。

平成の30年間に文芸誌『新潮』に掲載された短編小説から、35編が選ばれ、まとめられたものである。

私はふだん偏った読書をしているので、今回初めての作家も多かった。文体も構成も匂いも様々。一編一編が異世界だ。

ちなみに殆どが芥川賞作家である。思ったより芥川賞作家って多いんだなと思った。

 

全編読むのは時間がかかったし疲れたけれど、自分の好みをあぶりだす良い機会になった。まだ読んでない人にはおすすめです。

 

簡潔ながら全編の感想を書いたので、ここにまとめておきます。(掲載順=発表順)

 

★の数は個人的な好み。適当。

 

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石原慎太郎「落雷」★★☆

 

雷が落ちるのを見たというだけの短い話だけど、最後は何度読んでもハラハラする。とくに圧倒的な発光が影を鮮やかに黒くしたという記述にリアリティを感じる。光を影で語り、生を死で語る。「私は今まであんなに明るく鮮やかな自分の影を見たことがない」

 

 

山田詠美「晩年の子供」★★★


あることから死を覚悟して「晩年」を過ごす女の子の話なんだけど、理科準備室から綺麗な石を盗んで墓を作り、死を悟りきる場面がものすごく良い。少女視点で生死を書いた名作。「それでは、私は、母から生まれる前、この世に出現する直前まで、死んでいたのだろうか」

 

 

佐伯一麦「行人塚」★★★


すごく良かった。ただ実家に帰省するだけの話だけど、説明を省いた控えめな語り口に興味をそそられる。妻とも娘とも親とも仕事とも地元とも学校とも初恋相手とも微妙に上手くいってない、彼の行く宛のない感じ。その根源ともいえるセックスの問題が最後、行仁塚で描かれる。

 

 

古井由吉「よろぼし」★★★


説明を省き、文脈を脱臼させることで、過去と未来、生と死、舞台と病室の境界を曖昧にしていった短編。ちょっと正確な理解がしづらいのだけど気にせず読み進めて良い。彼の作風について後の随筆欄で又吉直樹が「読み手の身体に直接影響を及ぼす小説」と書いているのも納得。

 

 

村上春樹「かえるくん、東京を救う」★★★


恋愛以外の村上春樹の全要素が詰まってると思う。謎の生き物、平凡を自称する主人公、冒険、夢、概念、ロシア文学…。登場人物も展開も全部おかしいんだけど、根源的にはただ片桐さんにそっと寄り添う物語。「あなたのような人にしか東京は救えないのです」

 

 

車谷長吉武蔵丸」★★☆


あまりにどうでもよくて、これに多少の時間を使った自分を誇りに思う。死期の近づく兜虫が人間の爪と肉との間の窪みを女陰と勘違いしてセックスする場面がすごく細かく書かれてます…。

 

 

町田康「工夫の減さん」★☆☆


じつは町田康苦手なんだよね。冗舌すぎて。「しかし」「つまり」が多すぎるし、猫の子を見に行く話なのにそこまでが長すぎて笑える。引用して映える文が特にないので引用しないが、多分それこそが町田康の真価なんだと思う。

 

 

河野多惠子「半所有者」★★★

 

うおー、おもしろい。死んだばかりの妻とセックスをする話。法的に遺体の所有者が配偶者だと決められていないと知り、遺体はおれのものだぞ、と情意をもよおして妻を抱く。その固さに自分が女体になったような気がして、新たな快感を得る様子がすごくおもしろくて、切なくて、ドキドキした。

 

 

堀江敏幸「スタンス・ドット」★★★


うわあ、こんなに上手い小説、ずいぶん久しぶりに読んだ気がする。上手いとしか言いようがないな。文芸誌ってこういう出会いがあるから最高だあ。リズムの良い長めの一文が好み。特に最後の一文は何度も読み返してしまった。

 

 

吉田修一「正吾と蟹」★★★

 

短編ながら登場人物が多くて描写が細かく、長編が始まりそうな雰囲気がずっとある。謎が多くて気になって読み進めてしまうけど、伏線は回収されず、ただ文学に徹している。後半の7歳の駿が同級生の女の子を「俺の女になるや?」と暴力で試す描写はビックリしたな。ずっと酸っぱい汗と性の匂いがする。

 

 

 

松浦寿輝「そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所」★☆☆

 

叔父の残した詩をたよりに展開する物語。全体的に不穏だが、最後になっても種明かしがされるわけではないところがいい。松浦さんは詩人で、最後の詩はとても良かった。

 

 

金井美恵子「ピース・オブ・ケーキ」★★☆

 

洋裁室の話だが、この文体自体がまさに針で服を縫うように、浅くて長い、うねうねとした動きだった。こういう次元の浅い文体はけっこう好み。最後の断ち切りも綺麗でいい。

 

 

小川洋子「海」★★☆


彼女の実家に初めて泊まりに行くだけの短い話だけど、それぞれの人間を匂いや音を使って浮かび上がらせる描写力は見事で、さすが小川洋子…!!って感じ。人間と世界の小さな隙間を丁寧かつ不穏に書き尽くしていく作家だと思う。「海からの風が届かないと、鳴鱗琴は鳴りません」

 

 

辻原登「枯葉の中の青い炎」★☆☆

 

実在の人物を交差させて捏造した物語。多重的で展開が気になって読み進めるし面白いけど、最後まであんまりハマれなかったし、語り手の自意識がウザかった。失礼だけど、まあ作家が歳とるとこういう小説書くんだなって感じです。

 

 

池澤夏樹ヘルシンキ」★☆☆


大してすごい展開があるわけじゃないのだけど、とにかくキャッチーな一文で段落を始めるので、気になって読み進めてしまう。ロシア人の妻と離婚後久しぶりに娘と旅行する男と出会って話すというだけの話。言語への深い考察が面白い。すべての結婚は国際結婚だ。

 

 

田中慎弥「蛹」★★★


カブトムシのサナギが土の下で延々と独白する話。グロそうで後回しにしてたけど、読んでみると詩的で良かった。交尾の描写も詩。「その一匹と一匹の行為は、翅を閉じているのに体の内側を剥出しにしているかのような、二匹の汚れが闇に滲んでゆきそうな恐ろしい闘いだった」

 

 

青山七恵「かけら」☆☆☆


内容云々より、一つの文に情報を詰め込みすぎなのよね。何でも言っておけばいいってもんじゃないと思う。文章もコミュニケーションだ。

 

 

高樹のぶ子「トモスイ」★★☆

 

なんかエッチな小説だな…。男女で夜釣りに行くのだけど、途中で、万が一死んだ場合に、とふたりで死に化粧をするのがエッチ。釣れたトモスイとかいう物体を吸い合うのは言わずもがなエッチ。

 

 

桐野夏生「naraka」★☆☆

 

エンタメ作家らしい作り込み。大河長編が始まりそうな雰囲気だが、けっこうさらっと終わる。最後も綺麗だ。私はもっとわけわかんない倒錯した小説が好きです。

 

 

江國香織「犬とハモニカ」★☆☆


場面ごとに語り手が変わり、彼ら同士が出会いすれ違う。という構成の小説に駄作が多いため、アレルギー気味である。江國香織を読まなくなって久しいけれど、また読もうという気にも特にならない、普通の短編だった。あまり好きになれない種類の「上手さ」なんだよなー。

 

 

川上未映子「十三月怪談」★★☆


川上未映子は冗舌で、引用不能な作家である。死後の女の怒涛の独白文から、一転して懐かしさの恍惚に読者を落としていく手法はマジで芸術としか言いようがない。ほぼ詩だよね。

 

 

小山田浩子ディスカス忌」★★☆


言葉を削ぐ作家である。最後の三文、簡潔ながら、全てを過不足なく収斂させていて見事。熱帯魚を飼う男とその家に住む女の話。やっぱり熱帯魚というモチーフはどうやっても不気味で良いな。

 

 

川上弘美「mundus」★★☆


分からなさが、ちゃんと分からないまま終わるのが良いなと思う。理由を説明できないような、ある家族をめぐる現象の連なりの物語。女好きの祖父が全身痒くなる病気になり、自分の中のもう一人の自分が出てくるようなその痛みと快感が忘れられず、女遊びをやめた話が興味深い。

 

 

中村文則「糸杉」★☆☆


なんかちょっと男性の長い独白って読んでてウザくなっちゃうね。女性の独白は好きなのに。何でだろう。ゴッホの糸杉と女性の後ろ姿を重ね合わせた偏執がうねる短編。

 

 

村田沙耶香「生命式」★★★


ヒィ。マジか。短編でここまでやる?彼女の傑作「殺人出産」「消滅世界」の前夜祭みたいな物語。死人の肉を調理する場面の気持ち悪さと、最後の「受精」の美しさの振れ幅が芸術的。「正常は発狂の一種でしょう?」「山本って、カシューナッツが合うんですね」

 

 

筒井康隆「ペニスに命中」★☆☆


うわあ。これ読める人すごい。耐えられなかった。認知症の老人から見た日常。
「言うまでもないことだが二百万円の札束というものは盗まれるために存在する」

 

 

平野啓一郎「透明な迷宮」★☆☆

 

映画化された話題作「マチネの終わりに」の前作。宮殿でさせられたセックス、再会とハメ撮り。わたし平野啓一郎と合わないんだよなあ。わかりやすくてスラスラ読めるんだけど、その全部説明してくる感じと、ありがちなトリック(?)にイライラしてしまう。駄作とかではなく生理的に合わないということで。

 

 

角田光代「神さまに会いにいく」★★☆

 

悪い願いも叶えてくれるという神さまを知って思い切って外国にいく話。祈ることとは何か考えさせられる。さすが文が上手いんだけど、物足りない感じも否めないな。

 

 

津村記久子「うそコンシェルジュ」★★☆


物語を読むとき、「語り手とどう付き合うか」が重要な問題だと思う。この短編のように無個性ながら洞察力のある女性は語り手として信頼できる。うまいうそを一緒に考えてあげる話。あっさりしてる。

 

 

多和田葉子マヤコフスキーリング」★★★


私の推し。言葉遊びが物語の深みを以て詩になる。主客が入れ替わり、文脈がねじ曲がる中でも語り手は殊更に騒ぎ立てず、スンッとしている。「割り算に例えると、勝ち気で割っても、責任感で割っても出てしまう余りのような一種のあこがれが瞳に宿っている」

 

 

髙村薫「検問所幻想」★☆☆

 

検問所で色々な夢想を繰り返す男の話。しだいに頭が混沌としていって終わるんだけど、個人的にはこういう夢の話みたいな脈略の無さはつまらなくて苦手。

 

 

円城塔「誤字」★☆☆

 

うーん。わたしにはこの小説としての面白さが全くわからなかった。ちょっとルビの自意識がうっとうしい。

 

 

保坂和志「ハレルヤ」★☆☆

 

言葉の順番が独特の文体。言葉の順番の変更は世界を捉える順番の変更でもあって、面白い。最後にこの文体の意味がわかるのか!?と思ったけど、そういうことではなかったみたい。偶然ネコ好きの人のブログにたどり着いちゃって何となく最後まで読んじゃった感じ。

 

 

金原ひとみストロングゼロ」★★★


何か別の意味かなと思ったら普通にチューハイのストロングゼロだった。短編にしては長めだけど、朦朧としつつもリズミカルな女性の独白で、一気に読める。鬱の彼氏とセフレと編集の仕事とアル中と。無闇に救いがなくて良い。ストゼロ文学。

 

 

 

瀬戸内寂聴「あこがれ」★★☆

 

かんたんな言葉でどこまで世界を語れるか。幼い子どもを語り手とするとき、それが一番問われると思う。未知へのあこがれの感情を「新しく買ってもらった絵本のページをめくる時のような胸のどきどきが湧いてきて、わたしは母さんの掌に思わず爪を立てていた」と書いた。

 

 

【平成の名小説 私的ベスト10】

 

1位 堀江敏幸「スタンス・ドット」

 

2位 村田沙耶香「生命式」

 

3位 河野多惠子「半所有者」

 

4位 村上春樹「かえるくん、東京を救う」

 

5位 佐伯一麦「行人塚」

 

6位 多和田葉子マヤコフスキーリング」

 

7位 川上未映子「十三月怪談」

 

8位 筒井康隆「ペニスに命中」

 

9位 金原ひとみストロングゼロ

 

10位 古井由吉「よろぼし」

 

(適当なので、★の数との整合性なし)

 

 

平成を生きてよかった。

これからも生きるぞ。

 

 

新潮別冊 平成の名小説

新潮別冊 平成の名小説

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/30
  • メディア: 雑誌