短歌のことを全然しらない。どの歌人が有名とか、どんな賞があるとか、作風の流行りとか、そういうの、しらない。
いちおう、57577の文字数で世界を書くことくらいしか、しらない。
しらないけど、ふらっと本屋の「詩・短歌」コーナーに立ち寄って、なんとなく歌集を買うのが、とっても好きだ。
予定のない金曜や土曜の夜に大きな本屋に行くことが多いのは、たぶん、予定のない空虚を、何かで満たしたい気持ちがあるんだと思う。
詩もいいけど、もっと私の暮らしに寄り添って、一緒に世界を見てくれる、短歌のほうを買ってしまうことが多い。
そうだな、書いてて思ったけど、短歌ってそういう良さがある気がする。
ああ、こういうこと、あるな。そんな日が、そんな瞬間が、私にもあったな。
なんだかそういう気持ちになって、すこしだけ心強くなる。世界や暮らしを好きになる(嫌いになることもあるけど、その嫌さを承知することができる気がする)
短歌のことを全然しらないけど、夜の本屋でふらっと買った歌集でよかったものを3冊書いておくから、だれか必要な人の空虚な夜に、効くといいな。
鈴木晴香『夜にあやまってくれ』
(書肆侃侃房)
少女の恋の、切実な感覚が、短い言葉に宿っている歌集。
君の頬に「は」と書いてみる「る」は胸に「か」は頭蓋骨に書いてあげよう
とくにこの歌が好き。たぶん、自分の名前を好きな人の体に指で書いているんだと思う。私も何度もしたことがある。
一文字目は「書いてみる」なんだけど、三文字目は「書いてあげよう」にかわっているあたり、書いているあいだに楽しくなってきたのかなあと感じられておもしろい。
頬と胸には書くことができるけれど、実際には頭蓋骨には指が届かない。だからこそ書きたいし、もしも書けたなら、ずっと残りそうだ。自分の名前の最後の文字を頭蓋骨に書きたいと思う恋。あるよな。
- 作者:鈴木 晴香
- 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
- 発売日: 2016/09/12
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
九螺ささら『ゆめのほとり鳥』
(書肆侃侃房)
これも若い女性の短歌だけど、さっきの鈴木晴香さんのより、詩的で、夢と現実の境界があいまいな感じがある。
恋とセックスの歌がとてもいい。ぜんぶいい。
ばらばらなわたしはきみと目が合うたび縫い合わされシーツになってく
セックスのときに、日常の意識が薄れ、感覚が研ぎ澄まされていくなかで、相手によって「物として完成させられていく」感覚って、すごくあると思う。目があったときのチクリと刺される感じと、快感の浮き沈みが、「縫い合わされ」という言葉から想像できる。シーツになるって、ベッドにはりつく感じなのか、相手を包みこむ感じなのか、どっちなんだろう。どっちもかな。
独房の我の裸体の窓である穴がだれかとつながる弥生
これも好き。自分の体を「独房」、膣を「窓」とする凄みよ。体が「ある」ことのどうしようもなさ、空虚と孤独が、「独房」という一言でわかるのがおもしろいなあと、何度も読んでしまう。膣がだれかとつながる唯一の、切実な、小さな窓のような気がする夜って、あるよな。
最後の「弥生」は3月のことだと思うけど、春の不安定な寂しさみたいな感じがすごく伝わってくる。
- 作者:九螺 ささら
- 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
- 発売日: 2018/08/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
岡野大嗣『たやすみなさい』
(書肆侃侃房)
歌集のタイトルの「たやすみ」は「たやすく眠れますように」の意味らしい。そんなタイトルに象徴されるように、とても優しい歌集だ。
昨日本屋さんでふらっと買ったばっかりなんだけど、すごく気に入っている。
こちらは男性の短歌で、あたたかい雰囲気。世界を好きになっちゃうな。
ポケットに入れた切符がやわらかくなるまでひとり春を寝過ごす
私もよくポケットの中のものをにぎにぎして、ふやかしてしまうから、すごく、「ああ」と思った。
ここでいう「春」は、うららかさやあたたかさ、臨時的な夢などの総称のような役割をもつだろう。
まだ春を引きずりながら、反対のホームでぼんやりと電車を待つところまでイメージしてしまった。
もう何もないだろうけど文庫本の残りページの薄さを撫でる
「撫でる」に感情のすべてが込められている。読み終わってしまう寂しさと、ここまで読んだなという確かさと、物語の最後への愛おしさ。
良い本が終わるときって、なんか無駄に奥付とかまじまじと見て、余韻にひたっちゃうよね。
- 作者:岡野大嗣
- 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
- 発売日: 2019/10/13
- メディア: 単行本
意図せず書いてたけど、なんかぜんぶ春の夜に読むのがいい気がしてきたので、「春の夜の歌集」というタイトルの投稿にした。
歌集は、ぱらぱらと読めるので、とてもいい。最初から読まなくても、最後まで読まなくても、大丈夫な感じが、懐が深いなと思う。
たまにぱらぱらと見て、ああ、と思って、眠る。ベッドサイドに置いておいて、起きたらまた一首だけ、見てもいい。歌集は常備薬だ。