太宰治と心中した女、山崎富栄の日記『雨の玉川心中』がおもしろい

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2019年は『人間失格 太宰治と3人の女たち』という映画が公開され、彼の口説き文句が話題になって楽しかった。

 

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「一緒に堕ちよう」

「死ぬ気で恋、する?」

「大丈夫、君は僕が好きだよ」

 

色々あるけど、結局はどれもだいたい同じ意味で、「安心して二人で別の世界に行こう」ということを言っている。

現実世界に苦しみつつもまだ恋に夢を見たい人間をすこんと耽溺に落とす言葉で、まあ人たらしの常套手段だよね。

 

ちなみに、「死ぬ気で恋、する?」は、映画内では沢尻エリカが演じていた愛人・太田静子に言ったことになっているが、実際には別の不倫相手、後に心中することとなる山崎富栄にむけた言葉だ。(もしかすると静子にも同じこと言ってたかもしれないけど)

 

富栄が彼との恋愛をことこまかに綴っていた日記が、ふたりの死後に『雨の玉川心中』と題して出版されている。

 

“死ぬ気で! 死ぬ気で恋愛してみないか”
“死ぬ気で、恋愛? 本当は、こうしているのもいけないの……”
“有るんだろう? 旦那さん、別れちまえよォ、君は、僕を好きだよ”
“うん、好き。でも、私が先生の奥さんの立場だったら、悩む。でももし、恋愛するなら、死ぬ気でしたい……”
“そうでしょう!”
“奥さんや、お子さんに対して、責任を持たなくては、いけませんわ”
“それは持つよ、大丈夫だよ。うちのなんか、とてもしっかりしているんだから”
“先生、ま、ゆ、つ、ば……”

 

ちょっと読んでいて恥ずかしくなるのだけど、私はこの日記が大好きで、よく青空文庫で読んではニヤニヤしている。

 

 

太宰治、誰かの旦那さん。私が書いた絵で、似ているのは鼻だけ。

 

これは口説かれて2日後の日記の一節。

なにげない文だけれど、不倫のさびしい夜の感じが伝わってきて、キュンとしてしまう。

 

 

人間は恋愛をするために生きている。

 

そのまた5日後の日記の冒頭。いいねえ。すごくいいよね。恋をしたとたん主語が超拡大してしまってる感じがたまらない。

 

 

至高無二の人から、女として最高の喜びを与えられた私は幸せです。

 

初めてセックスしたと思われる日の感想も書いてある。生々しい…!

 

なつかしい思いのしてならない人。修治さん。

 

たまに本名で呼んでみているところも可愛らしい。

 

 

その後、太田静子が太宰の子どもを産んで訪ねてきたり、彼の病気が悪化したり。嫉妬したり怒ったり喜んだりうっとりしたり。心中にいたるまでの約一年間、うつろう感情を生々しく綴っている。 

 

 

ああ、そうだよなあ、と読むたびに思う。

 

恋や愛の定義をしたり、人生の目的を恋だと言い出したり、主語を拡大したり、好きな人ときょうだいみたいだとうっとりしたり、あるいは猛烈に嫉妬したり、嫉妬させようとしたり、もう一緒に死ぬしかないんだと信じこんだり。

 

自死という終わりをむかえることを分かっているはずなのに、読んでいるうちになぜかスウッと安心してしまうのは、ああ、ひとはみんな恋をすると同じようなもんなんだなあ、と気づくからである。

 

心中なんてバカげている。でも、だからといって、山崎富栄を笑うことはできない。私だって少なからず富栄なのだから。

 

そういえば、あの映画をみたとき、一瞬だけ、自分を見ているような感覚におそわれてゾッとした。富栄役の二階堂ふみと太宰役の小栗旬が初めて体を重ねる場面。彼女の抱かれ方が、まさに儚いセックスを受け入れていく女のそれだったのだ。

 

あのときうつろな目で言った「私ばかり幸せで、ごめんなさい」という言葉に泣きそうになったのは、それが彼女の遺書から引用した一節だと知っていたからである。

 

 

「雨の玉川心中 太宰治との愛と死のノート」山崎富栄

青空文庫

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Kindle

 

雨の玉川心中 01 太宰治との愛と死のノート